しっかりと踏ん切りをつけてみる

この前の12月25日土曜日、おれは自分の不注意から脳神経外科の外来に行きそびれた。当日の日記にも記してあるが、その日の昼食後の分から薬が切れている。なかでもおれが心配なのは、いくら漸減しつつあったとはいえどもステロイドの服用を突然中止することになってしまったということである。
というわけで、そんなことはたいした問題じゃないぞと鼻歌を謡いつつ放屁しながら、おれはもう何年もかかりつけの顧問の精神科医に連絡することにした。彼の経営するクリニックに電話をし、きょう予約も入っていないのでいきなりだがみてもらえないかと頼み込んで予約を入れる。
酒を除外し、向精神薬のみのカクテルをpreferenceにして立て直そうという意欲が、おのずと放屁を堂々とうち響かせた。
クリニックに入ると、待合室は大変な混雑であった。年末だからというわけだけではない。このクリニックはデイケアも行っており、デイケアプログラムに参加している彼らの診察と外来患者の診察とがかちあうことがままあるのである。
しかしまあ、デイケアの人々――しかもカップルがかなり多い――が待合室で駄弁っているのを横できいていると(耳のよいおれが、なぜだか彼らの話を遮断しようという気にはならなかった。きっと興味があるのだろう。われながら下世話だ)彼らはまったくもって疾病利得の恩恵に浴し甘んじているような気がしてならないのだが、それはまあきのうきょうにはじまった話ではない。そのむかしはちょっとだけ羨ましいなとおもったこともあった。でもいまは、彼らとは異なるおれを自覚し、おれはあのように生きる人間ではないのだと強く感じているので羨ましいとはおもわない。同時に、彼らを見下すようになったわけでもない。職場の同僚や学校の同級生と親しくなるのと同じように、彼らは病院で仲間を見つけ、出会い、親密な関係になる。それはなんらおかしなことではないのだ。
おれは隔週で精神科に通院して診療を受けており、それによって表向きは一応一人前の社会人面を保てているが、そうすることもままならず、ひたすら家に引き篭もり、働くわけでもなく、友だちもおらず、彼女いない歴=年齢というような30代のNEET諸茎にとっては、精神科の待合室でじゃれあうデイケア参加者はきわめて疎ましく感じる存在なのかも知れない。いやわかんないけど。
やがておれの診察の番がまわってきた。11月22日にきたきりだ。本当はその2週間後の12月6日が通院予定日だったのだが、おれは入院中であった。約1か月ぶりに先生を拝顔する。
階段から転落して怪我を負ったこと、その怪我がどのようなものであるかということ、その他諸々についてつぶさに話した。先生はひたすら頷いてきいていた。おれの話にまるで興味がないようにさえ見えるのだが、おれはこの先生にすでに6年ほどみていただいている。もともとおれはドクターショッピングは好きではないほうなのだが、過去2度通院先の精神科を変えている。つまりはこの先生のことを信頼して6年ほどもこうしているのだ。適当に頷きつつおれの話をきき、問診をして、これまでのおれの病状の変化をつぶさに記録していく――それが彼の仕事なのである。それは長いつきあいになるし、ごくたまにうち解けた話もする。でもその程度だ。
薬は、じゃあこれまでと同じでいいですかねと医師が質問してきた。そこなんですが、現在ステロイドを服用していて(丸2日切れてるところだけれどさ)変に気分が昂揚したりうわずったり冷や汗が出たりするので、これまでの処方で薬をいただいてもよいものかどうかと逆に質問してみた。医師はうちの薬自体はステロイドと一緒に服用してもとくに問題はないが(当たり前だ、つーかそうでないと困る。あの病院に入院するときに既往歴の問診を受け、現在処方されている薬はあるのかどうかときかれてちゃんと精神科の薬を述べたのだから、それを踏まえてのプレドニンの処方であるはずである)やっぱり緊張感があったり攻撃性が高まるのは仕方ないよね、その辺はステロイドのんでる以上仕方ないし、それでこっちの薬の効きもいまいちかも知れないけれど、まあしばらく我慢してよ、とだいたいこのようなことを言った。ううむ、やむを得ないか。
なんか、ステロイドのんでるってことばっかり気にしちゃって、それで気分がイライラしてくるってのもあるんですよね、とおれが言うと、先生は「なるほどね」と笑って呟いた。これをおれが冷笑と受けとらないのは信頼関係のなせる業だろうか。
先生と話し終えて待合室に戻り、そして処方箋を受けとると、少し気分が楽になった。